タイトル:『ストリート・ストーリー』バックナンバー


 
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取材で長野の斑尾高原に行ってきました。
いつもは10月末には初雪が降るそうですが、
今年はまだとのこと。
スキー場のオープンもまだ先のようです。
それでも、やはり高原。
ピリッとした冷気が早くも漂っていました。
そして、白樺がきれいでした。
雪が降ってから、また来てもいいかな。
スキーではなくて、温泉で。

白樺 (201112月)

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足立区役所から見たスカイツリーです。
さすがに他を寄せ付けないダントツのそびえ方。
以前、飛行船に乗って、
東京の景色を眺めましたが、
東京の景色は世界一だと思いました。
夜景はもっと素敵でしょう。
完成後は、もちろん展望台に登ってみたいけど、
上と下の両方に登ると、
5千円くらいかかるみたいですね。
一生に一度くらいかも。

スカイツリーがそびえる (201111月)

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NPO法人シニアわーくすRyoma21のサークル
「ジャズ同好会」メンバーが、
9月10日に開催された仙台の
「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」
に出演しました。
メインステージでのトリという大役でしたが、
多くの方々に聞いていただき、
メンバーも応援隊も大感激でした。
そのレポートはこちらでご覧ください。
演奏はステージだけで行われているのではありません。
ストリートという名称通り、仙台市内の45か所もの街かどで
同時にライブが行われているのです。
この写真は一番町のショッピングスストリートでのギターセッション。
通りがかりの人も足を止めて聞き入ります。
演奏者は750名にもなったとか。
市民の手作りの本当に素晴らしいフェスティバルです。

ストリートジャズ (201110月)

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わが家の窓先で、
建物の解体工事が始まりました。
ここには、なんと600戸ものマンションが建つとか。
もちろん、こちらのマンションの住民は大反対。
陽射しや景色が遮断されるばかりでなく、
土地ぎりぎりいっぱいに建設されるマンションは
防災の面でも大きな不安があるからです。
しかし、
業者は一向に計画を変える気配はありません。
普段はTVCMなどで環境に配慮などと言っている会社も、現実は売上重視です。東日本大震災の教訓を生かそうという気持ちはさらさらないようです。私たちにもCMなどにだまされることなく、企業の本質を見抜く力が必要です。

破壊 (20119月)

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7月の連休は京都に行き、
17日に行われた祇園祭山鉾巡行を見てきました。
ここをクリックすると見られる動画
13番目に登場の鶏鉾(にわとりぼこ)の様子です。
コンチキチンと優雅に進みます。
祇園祭は、貞観11(869)年に
災害や疫病の平癒を願って始まったもの。
その年は有名な貞観地震も東北地方を襲う、
大変な年でした。
それから1150年あまり経った今年、
東日本大震災が起きました。
そのこともあって、
山鉾巡行1番鉾の長刀(なぎなた)鉾が、
宮城県の仙台七夕(8月6〜8日)に参加するそうです。

祭りは祈り (20118月)

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5月3日、仙台空港を見に行きました。
一応オープンしたとはいっても...。
案の定、JALもANAも乗客は
一つのゲートから乗降するしかないようです。
ロビーもほんの待合室程度、
ショップは銘菓「萩の月」などが2・3並んでいるだけ 。

でも、ロビーの壁は各地からの激励の手作りポスターでびっしりでした。特に目についたのは、ひまわり形のメッセージボード。
ラグビーボール型の用紙にメッセージを書き込んで、ひまわりの花弁として貼り付けてあります。そうして、大輪のヒマワリがたくさんできていました。 そこに、このメッセージがありました。

「俺たちが立ち上げてやる!東北大生」

なんだか嬉しくなりました。
若者が復興に立ちあがると言ってくれています!
これからはあなた方の手で、
素晴らしい東北を、
豊かな日本ができ上がっていくんですね。
期待しています。よろしく!


立ち上げてやる! (201167月)

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東日本大地震が起きた3月11日。
私は、台湾にいました。
「九ふん」というノスタルジックな街の見学を終り、
戦争で亡くなった英霊を祀る「忠烈祠」に
向かうバスに乗っていて、
仙台にいる姉や東京の甥のメールで
地震を知りました。
有名な衛兵の交代を見物しながらも気になります。
ガイドさんにも情報が届いたらしく、
見物が終わるや、一堂、
地震の話で持ちきりになりました。
観光なんかしていていいのかとも思いましたが、明日は帰国の日。慌てても仕方がないと、夜は台北の繁華街に出かけ、小籠包を味わったり、買物をしたり。翌日、成田に降り立って、あらためて故郷の被害のひどさを知ったのです。その後は仕事も手につかず、テレビばかり見て過ごしました。今年の3月は生涯忘れられない3月です。

3.11の台北で (20115月)

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3.11。
この数字は長く日本人の記憶に残るでしょう。
東北から北関東の太平洋沿岸は
地震とその後に押し寄せた津波で
壊滅的な状態です。
この写真は震災の約1年前、昨年の2月に
友人と行った日本三景松島です。
右側に移っている橋は今破損していて、
渡ることはできません。
しかし、松島はまだいいほうです。
伊達正宗の菩提寺・瑞巌寺は海岸のすぐ近くですが、津波は参道の中ほどで止まっていたとか。海に浮かぶたくさんの小さな島が防波堤の役割を果たしてくれたのです。海岸から3キロ以上も先まで津波が押し寄せた隣の東松島や石巻に比べれば奇跡ともいえます。
復興までには長い道のりが待っています 。でも、東北の人は負けない。もくもくと新しい町を築き上げていくでしょう。だから、私たちも忘れることなく、長く応援していきたいと思います。

震災前 (20114月)

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何年ぶりでしょうか。
草津温泉に行ってきました。
初日はもう春ね!と言いたくなるような
ぽかぽか陽気。
ところが、翌日、旅館の窓を開けてびっくり。
一面の雪でした。
寝ている間に降ったのですね。
昼間見た草津名物・湯畑の湯気は
それほどでもなかったのですが、
雪の中の湯気は冷気に合ってか、
さらに白さを増し、幽玄な雰囲気。
向かい側の建物や人も見えないほどでした。
旅館の温泉の他にも、
いくつもの無料の温泉があり、
その中の一つに出かけました。
時代物の建物に木枠の湯桶。湯治に来たような雰囲気を味わうことができました。
温泉はやっぱり冬ですね。お酒も美味でした!

雪の草津温泉 (20113月)

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漆器が大好きです。
母が亡くなって、愛用の漆器が残りました。
それを私が引き継ぎました。
なかなか使う機会がないのですが、
眺めているだけでも、
日本の伝統的な手作りのよさが伝わってきます。
ある日、「誰でも作れる漆器講座」という受講生募集広告を見つけ、矢も楯もたまらず、申し込みました。
約3ヶ月6回の講座で作ったのが、このお椀と取り皿、そして、塗り箸4膳です。 お椀にはツバキを、取り皿には蕪をあしらいました。決して上手とはいえないけど、自分で作った器への愛着はひとしおです。
「しまっておかないで、どんどん使いましょうね」と言った先生の言葉通り、お箸は毎日、お椀もお皿も時々使っています。そのうち、飴色になるのが楽しみです。
また、習いにいきたい!

手作り漆器でお食事 (20112月)

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家族で双六をしています。
みんなが着飾って、
新年を迎えた喜びや晴れがましさ、
うきうきするような家族との団欒の様子が
伝わってきます。
自分が育った昭和初期の頃を思い出して、
母が描いた絵です 。
こうした風景は、私の子供の頃でさえ、
すでに、ほとんど見られなくなっていました。
今とは異質の豊かさがあったのだと
思わずにはいられません。
けれど、もう二度と戻ってくることのない暮らし。
私たちは失ったものの代わりに、本当に価値あるものを創り出さなければなりません。そんな思いを強くした新年でした。

お正月 (20111月)

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