産業能率大学の通信教育受講者向け冊子で紹介されました
20004年3月28日  
 
 

産業能率大学が通信コースの受講者に配布している『ALPHA DEVE. Development』の2004年4月号で、松本すみ子の活動が紹介されました。
記事は「Development Interview 91」のコーナーで、4頁にわたり紹介されています。
    
『シニアの夢と活躍を応援』

 NPO法人 おとなの暮らしと仕事研究所
  代表理事 松本すみ子さん

もう50代と考えるか、まだ50代と考えるか・・・。できればいくつになっても、夢を追いかけ、活躍できると信じたい。
シニア世代を応援する事業を展開する松本すみ子さんは、「長年の経験を積んだ自分を信じてほしい」と話す。
自ら50才を目前に会社を辞めて起業した松本さんにお話を伺った。

プロフィール

まつもとすみこ
早稲田大学第一文学部束洋史学科卒業。
コンピュータメーカーにて、広報課長、広報担当プロジェクトマネージャーとして、広報、販促、マーケティングを担当。
1999年、産業カウンセラー資格(厚生労働大臣認可)取得。
2000年5月、有限会社アリアを設立。2001年、シニアライフアドバイザー資格を取得。
同年より、リクルートのガイドサイトAllAboutJapanの「シニアライフ」にてガイドを担当している。
2002年より「おとなのオピニオンコミュニティRyoma21」を主宰し、2004年2月に「おとなの暮らしと仕事研究所」としてNPOに認定。
著書に「つまらない毎日なら、好きなことで独立しよう」(明日香出版)、「心理系の仕事を見つける本」中経出版などがある。

同年代のシニアと共に考え協働していきたい 

おとなの暮らしと仕事研究所は、松本さんが代表を務めるNPO法人である。団塊世代とその前後の年代のシニアを対象に、アクティブに生きるための仲間づくりや活躍の場づくり、仕事づくりを支援している。

「私が主に対象として考えているシニアというのは、45歳から60代前半くらいで、今も現役で働きつつ、定年後や老後のことを考えているという年代の方々です。ハローワークでは45歳から求人情報の棚が別になるんです。愕然としますよね。50歳になったら、次のステージのことも真剣に考えざるを得ません。リストラの不安もあるでしょうし、これからどう生きるのかということを、同世代の皆さんと一緒に考え、行動していきたいと思っています」

趣味や生きがいを探求するだけではなく、長年の会社勤めで培ってきた経験や能力を活かして、仕事も積極的に開拓していこうという趣旨から、名称をおとなの暮らしと仕事研究所にした。
「団塊の世代があと数年で定年を迎えると、たくさんの人が地域に戻ってきます。会社で培ってきた豊富な経験や知恵を、今度は地域のなかで活かせたらすばらしいと思いませんか。自治体とも提携して、事業を掘り起こしていけるような活動も展開していくつもりです」

若いときの情熱を思い出してほしい 

現在、同研究所の事業の中核となっているのは、「おとなのオピニオンコミュニティRyoma21」というインターネットのサイトを中心としたサークル活動。坂本龍馬の心意気を表したネーミングで、趣旨に賛同した会員が、自主的な活動を展開している。

「東京探検隊」「アウトドア同好会」「JAZZ同好会」といった仲問づくりサークルのほか、日米のシニア事情を中心に情報交換をする「あめりかひろば」や、おとなのための絵本を出版した「本のフォーラム」、働く場を実現するために活動する「カウンセリングルーム『創そう』」など、アクティブな活動が行われている。

「団塊の世代は、若いときは学生運動をやり、反戦歌を歌い、ジーンズを真っ先にはいた人たちです。多くの人たちが、この社会を変えなければという思いをもっていました。それなのに、高度経済成長期にはその原動力となり、一生懸命働くあまり、一人ひとりの思いが閉じ込められてしまったのではないかと思うのです。そういう方々に情報を提供し、若いときの思いや情熱を取り戻してほしいと考えています」

「Ryoma21」では、会員が意見を述べたり、写真や絵などの作品を発表する場も設けられている。

「文章でも絵でも写真でも、とにかく自分の心のなかにしまっておいたことをどんどん発表してほしいと思っています。錆びついていたものを少しずつ動かして、自分と社会をもう一度つなげる作業をしませんかと呼びかけています。

同好の士が集まって何か始めれば、それが社会にアピールすることにつながるかもしれません。仕事がらみのものであれば、事業化することも可能だと思います。今までの経験や能力を使い、それを求めているところに提供し、その対価をきちんといただけるような仕組みを作ってきたいと考えています」

経験を積んだシニアだからこそできるサポートがある

シニアのエネルギーが結集することで、何か新いことができそうな夢のあるサイトだが、もう一つ、このサイトには大きな特徴がある。心の相談室を設けているという点だ。松本さんを始め、産業カウンセラーなどの資格をもつ相談員が悩みごとの相談にあたる。面談での相談のほか、メールによる相談も可能だ。

「サイトを立ち上げる前から、心の相談室だけは絶対につくろうと思っていました」

IT関連の企業に勤めていた松本さんは、ストレスをかかえて心を病む人たちをたくさん見てきた。何とかしたいという思いから、会社に在職中からカウンセリングの勉強を始め、市民サークルで、電話相談のボランティアで舌もしてきた。

「在職中、IT産業にはメンタルヘルスをサポートする取り組みが必要たと提言しました。リストラを進めている状況のなかで、企業としての取り組みは実現しませんでしたが、社内に一人でもカウンセラーがいれば、サポートができるのではないかと思い。産業カウンセラーの資格をとったんです」

厳しい経済状況や成果主義による評価制度など、企業人のおかれている環境は、ますますストレスフルになりつつある。企業が社員のメンタルヘルスをサポートすることは、ますます必要になってくるはずだ。

「残念ながら、日本では理解は示してくれても、組織として取り組むというところまではいっていません。カウンセラーの仕事の場も少なく、労働市場にはなっていないのが現実です。でも、絶対に必要なことですから、あきらめずに広げていきたいと思っています」

おとなの暮らしと仕事研究所では、産業カウンセラーやキャリアカウンセラーの資格を持った会員や、資格取得を目指す会員などで勉強会が立ち上がった。今後は、企業や自治体に向けて、カウンセリングのサービスを請け負うような活動も積極的に展開していく。

「社会経験の長いシニアだからこそできるサポートがあると思っています」

やりたいことがあれぱ走りながら形にすればいい 

松本さんが展開している事業のキーワードは「シニア」と「カウンセリング」である。

ただし、会社を辞めて起業しようと考えたときには、本当にやりたいことが明確になっていたわけではなかった。

「走りながらだんだん形になってきたという感じなんです。起業するときは、まずプランがなければいけないと言われますが、現実には明確な計画が立てられる人ばかりではないと思います。リストラにあって止むに止まれず起業せざるを得ない人もいますよね。プランを明確にするのは走りながらでもいいと思うのです」

松本さんが会杜を辞めたのは48歳のときである。広報課長を経て、部長待遇のプロジェクトマネージャーにもなり、社内における女性管理職の草分けとして第一線で活躍する一方、会社での居心地の悪さも感じていたという。

「若い人が育っていくなかで、いつまでも課長、部長でいることはできないですね。後輩に譲っていかないといけない。そのとき私はどうなるのかなと、40歳を過ぎた頃から考えるようになったんです」

漠然とした不安を抱えていたなかで、会杜では不祥事が発覚し、人員削減や組織変更が次々と断行された。

「別の遣を探したいと思いつつ、私にはいったい何ができるのだろうかと悩みました。広報の仕事も会社のバックがあったからこそできたわけですから。ただ仕事がら、広報誌や社内報など、ものを書いてきたし、好きでもあったことと、勉強してきたカウンセリングを仕事につなげていきたいという思いはありました」

悶々と悩んでいるときに、仕事で付き合いのあった人に、一緒に事業を立ち上げないかと誘われた。
一人で何かやるより二人でやった方がいいかもしれない…。そう思って、松本さんは思い切って会社を辞めた。

「これが実は大失敗でした。相手の思いと私の思いがずれていて、それがどんどん広がっていったんです」

ことごとく意見は対立し、半年間で松本さんはその仕事から手をひいた。それから半年はじっくり考え、ゆくゆくはカウンセリングを事業化する目標を持ちつつ、まずはもの書きから始めようと、2000年5月に有限会杜アリアを設立した。

企業に勤めていた頃から活動してきたカウンセリングのボランティアで、団塊世代の悩みを聞いているうちに、シニアを対象とする事業がこれからは重要だという思いが、大きくなっていった。

漠然とした思いが、事業のキーワードとして明確になったのは、リクルートが運営する「ALL About」というサイトでシニア向けサイトのガイドを担当するようになってからだ。

「記事を書いたり、勉強しているうちに、シニアが抱える心の問題をサポートしたり、ライフスタイルや働き方の提案をしたりという、シニアに関する総合的な事業を展開していこうという決意が固まりました」

「継続はカなり」を実感 

こうした自らの経験から、ビジネスはなにも大きな会社を作ることばかりではないと思うようになった。
白分の身近なところで好きなことを見つけ、ささやかな事業を始めることもひとつだと松本さんは話す。

「最初から大きな目標をたてることも大事ですけれど、その目標どおりに進める人なんて稀です。だから、それにとらわれるよりも、まずは始めてみて、出合ったことが自分の感性に合っていたり、やりたいという思いにつながるものであれば、やってみる・・・。そして、少しずつ大きくしていく。そういう方法もあっていいのではないかと思います」

座右の銘は「継続は力なり」。会社を設立して3年間はIT関連などさまざまな記事を書いてしのいできたが、その問、収入にはならなくても、「シニア、シニアと言い続けて」きた。

「石の上にも3年ですね、3年も言い続けていると、シニア関係に興味をもっている大手のサイトや企業から提携の話や協力の要請がきたり、シニア関係のシンポジウムのパネリストに招かれたりするよう になりました。続けるということが大事だと思っています」

松本さんは、「3年やれば一人前、5年やれば実力者、10年やればエキスパートになれる。寿命が延びた今、いくつになっても始めるのに遅いということはない。自分の力を信じて夢をもってほしい」と、シニアの人たちに呼びかけている。

自身の夢は「団塊の世代を中心としたシニアのことなら松本すみ子と言われるようになる」こと。

シニア世代に向けた温かいまなざしと励ましが、「まだまだこれから」というシニアの気持ちを、力強く後押ししてくれる。

 
 

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