コラム『松本すみこのシニアライフ』 No.8

 

ポーランドへの旅 (1) 穏やかなヨーロッパの姿

2016年2月20日

 
 

◆プロローグ<就航記念ツアーはお得!>

ポーランド航空(LOT)が20016年1月から成田に就航し、ワルシャワには直行便で行けるようになりました。これを記念して、旅行各社はお得ツアーを提供しています。

去年の10月ごろからでしょうか、旅関係のメルマガには、そんなツアーが掲載され、旅心を誘っていました。中でも気になったのは6日間99,800円という飛び切り格安なツアー。添乗員もついて、クラクフに2泊し、世界遺産6か所を回ります。以前、チェコやハンガリー、ウィーン、東ドイツ地区など中欧を訪問しているのですが、そういえば、ポーランドには寄らなかった。

何よりも、以前から、一度はアウシュビッツを訪問したいと思っていました。友人などを誘ってみても、だれもが「アウシュビッツは怖い」という返事。それではと、1人で行くことにしました。旅はタイミングが大事です。自分が行きたいと思った時に行くのが一番。幸い、25,000円をプラスすればおひとりさま参加もOKとのこと。13万円弱で行けるのですから、この機会を逃すことはないと判断しました。

日程は1月30日出発、2月4日帰国、たったの6日間。仕事の予定を考えると、この期間しかありません。それから出発までの3か月。この旅が自分を励ます目先の人参となりました。

◆一人旅は珍しくない

参加者は総勢30名。そのうち夫婦や友人でのペア参加は9組18人、1人参加が12名とのこと。1人旅はもはや普通のようです。年代は20代から70代まで。卒業旅行の若い女性から、60代から70代らしい男性や女性の一人旅も複数。私もその一人ですが。

最も多いのは、40代前後の女性。自分で働いたお金で、時々、自由に旅を楽しんでいる、そんな感じでした。手軽な費用で、気軽に世界に出かけることができるのですから、いい時代になったなと思います。

LOTが就航したということで、成田空港の両替所にもポーランドの通貨「ズロチ」が用意されていました。正しくは「ズロティ」と発音するそうです。この時、1ズロティは約35円。ちなみに、帰国時には29円。ちょっとショックですね。

さて、スマホがポーランドでも使える状態になっていないと困ります。仕事の連絡が入ることもあるので、日本と同じように使いたい。しかも、あまり料金がかからないようにして。そこで、ドコモのショップに出向き、設定をしてもらいました。ここでも便利な時代を実感。

飛行機は最新のボーイング787です。機内エンターテイメントも日本語字幕の映画を多数用意してあります。以前、フィンランド航空の、やはり就航記念便に乗ったことがありますが、日本発なのに、なぜか中国語字幕ばかり。結構、ストレスがたまりました。LOTの対応はそれに比べて迅速です。 ただ、システムがまだ完全に日本碁仕様になっていないため、通常よりワンステップ余分な操作が必要で、それを知らずに乗っていた人が多いようでした。

機内食には一度、ざるそばが提供されました。また、希望すれば、無料で日本のカップラーメンやポーランドのチョココーティングの軽いお菓子がもらえます。これが、あとで皆がお土産として買い込むことになったお菓子との最初の出会いでした。

成田を出発して約11時間半後、ワルシャワ空港に到着。現地時間は14:30頃。今日はこのまま、バスで3時間ほどのルブリンという町に異動し宿泊。旅の1日目が終わりました。

◆貴族の自己顕示欲が造り上げた都?

最初の世界遺産ザモシチ観光です。最高気温は7〜8℃。そんなに寒くないなと思っていたら、先週は零下ですごく寒かった、今週は暖かくなる予報なので、皆さんはラッキーだと言われました。

ザモシチは16世紀にイタリアに留学した貴族、ヤン・ザモイスキ公がイタリアの街を模して造り上げた都市。ルネサンス後期の「街は人体に対応した構造であることが理想的」という考え方に基づいて作られました。1580年に何も無いところから始めて、わずか20年後、1600年には完成しています。

ザモイスキ公は、今や成功した自分には、それなりにふさわしい町が必要だと思い立ったようです。自己顕示欲のたまもの?でも、短期間で、それをやってしまうのだから、やはりすごい。この旧市街全体を守っていた防壁が所々に残っていました。

旧市庁舎1階の軒先はアーケードになっていて、その前の石造りの建物に囲まれた大広場が町の中心です。司教座大聖堂では、生まれて4か月ばかりの赤ちゃんが洗礼を受けている場面に出会うことができました。私たちもお相伴で祝福。

しかし、冬真っただ中のせいか、人があまりいなくて、寂しい感じ。何か記念品やお土産でも買えるショップでもないかと探したのですが、日曜日とあって、どこも閉店。やむなく、皆で、たまたま空いていた地元住民御用達らしい、日本でいえばコンビニのような店に吸い込まれることとなりました。

ここで飛行機の中でもらったのと同じようなチョココーティングのお菓子を発見。値段を見ると1個当たりたったの100〜150円ほど。おいしくて安くて、たくさん配るには最適と、皆さん、たくさん買い込んでいました。

私は旅の間にちょっと食べるのにいいかと、チーズを買ってみました。あとから、チーズは検疫に引っかからずに持って帰れると聞き、お土産に。チーズが美味しいので、ポーランドにはイタリア料理店が多いそうです。ランチにはコトレットというカツレツのようなお料理が出ました。

ところで、大事なトイレ事情。他の欧州の国々と同じように、観光地でのトイレは基本的に有料です。ポーランドでは1から2ズロティでした。お金を取るんだから、きれいにしてあるかと思うと、そうでもありません。ペーパーが補充されていなかったり、ドアノブが壊れていたり、水が上手く流れなかったり。日本との違いを感じるときです。

ザモシチを後にクラクフに移動。宿泊は「ショパンホテル」。ポーランドはショパンとキューリー夫人とコペルニクスの国。いよいよポーランドに来た気分になりました。

◆古都クラクフに日本の漫画館が!

3日目はいよいよアウシュビッツです。アウシュビッツに関しては、観光と一緒に掲載する気にはなれないので、別のページを作りました。こちらをご覧下さい。

アウシュビッツの訪問後は、クラクフへ。まずは、旧市街の高台にあるヴァヴェル城を見学。ここは歴代ポーランド国王が居城としていたお城です。ベルギーで織られたというルネサンスの豪華なタペストリーがを何点も飾られていたのが印象的でした。当時は、タペストリーが 権力や富の象徴にひとつだったということがわかります。

お城の高台から見渡すと、川の向こうに曲線が特徴的なちょっと雰囲気の異なった建物があります。これは日本美術技術博物館「Manggha(マンガ)」。アンジェイ・ワイダ監督の「京都賞」受賞の賞金に、日本とポーランド両国政府が援助、さらに募金を集め、1994年に設立されたものです。日本関連の様々な展示や催しがなされているとか。思いがけない日本とポーランドのつながりに嬉しくなりました。

その後は、目抜き通りのフロリアンスカ通り商店街を散策し、中央広場へ。1辺が200メートルの広大な広場にはカフェや花屋、中央の織物会館内のアーケードには土産物店が並んでいます。広場に面した聖マリア教会にはみごとな国宝の聖壇がありました。街には観光馬車が走っています。浅草に観光人力車がいるようなものですね。

  

  

ポーランドの見学で注意することがもうひとつ。聖マリア教会で写真を撮る人はお金を払う必要があります。ここでは5ズロティでした。翌日見学するヴィエリチカ岩塩抗でも撮影料が必要でした。世界遺産保持のためにはやむを得ないことかもしれません。

ポーランドは敬虔なキリスト教徒の国なので、祭壇の前で膝を折って、真剣にお祈りしている市民の姿をよく見かけました。そこに私たちのような異教徒の観光客がずけずけと入ってきて、遠慮なく写真を撮るのですから、もしかして、苦々しい思いをしているかもしれません。こちらも、祭壇の前で首を垂れている方々の前を横切る時は申し訳ないような気がしました。撮影料はせめてのお詫びの気持ちと思えばいいかなと。

クラクフでは自由時間があったので、駅に隣接した広大なショッピングセンターにあるスーパーで、お土産を買い込みました。お目当ては例のチョココーティングのお菓子。なにしろ、日本に帰れば、まもなくバレンタインデー。まさにぴったりのお土産です。チョココーティングのお菓子には中がマシュマロのものと、ウエハースとチョコを何層にも重ねたものがあります。重厚な味のチョコと違って、さくさくと食べられるのがポーランドのチョコ菓子の特徴のようです。

さらに、お土産として、わが旅仲間に人気だったのはボルシチ(ポーランドでは「バルシチ」と発言)の素。水を注いで温めれば、ボルシチになるというインスタント食品ですが、顆粒なので持ち運びに便利。私もいくつか買ってきました。スープの色が真っ赤(ボルシチなので)ということを気にしなければ、野菜や豆腐を入れたりと、日本風にアレンジしても美味しく、おすすめです。

 

道端にはチーズ売りの屋台が出ています。羊のチーズを燻製にしたものとかで、農家の人たちが作って街に売りに来るのだそうです。塩気が強いので、焼いて柔らかくしてから、甘いクランベリーソースなどをかけて、おやつのようにして食べるとか。見かけたら絶対に買ってみようと思っていたのですが、寒いし、雨が降っているしで、今日は出てないかもねと話していました。すると、1軒の屋台を発見! 薪のコンロでチーズをお持ちのように裏表ひっくり返しながら、こんがりと焼き、ソースをかけてくれました。一つ5ズロティ。おいしい!

総じて、ポーランドはパンとチーズ、ソーセージ類がおいしい。ホテルの朝食はパンやソーセージが豊富で、朝から食欲旺盛でした。この日はショパンホテルに連泊です。

◆炭坑を思い出した「ヴィエリチカ岩塩抗」

4日目。クラクフから30分ほどの「ヴィエリチカ岩塩抗」見学へ。ここも世界遺産です。岩塩の採掘は700年以上前から始まり、王政だった時代には国家の重要な収入源の一つだったそうです。いまだに少量ながら産出されていて、塩によって空気が洗浄されるので、ぜんそくなどの呼吸器疾患治療のための地下保養所も設けられているとか。

見学は、昔の工事現場にあるようなエレベーターに乗って降りていきます。ちょっと怖い。入り口では、撮影料10ズロティを支払いました。

坑道の総延長は約300 km、最深部は327 m。迷路のような地下採鉱場が続いていて、採鉱作業の様子を再現した場所、実際に使われていた梯子やトロッコなど、3.5kmの見学ルートが整備されています。見学しているうちに、これは日本の炭坑での石炭採掘と同じだなと思いました。やはり、ガスや水が出て、その除去や対応には苦労したようです。

 

中には神秘的な地底湖があり、深さ約100mのところには広大な聖キンガ礼拝堂もあります。階段や床、シャンデリアのガラスのような飾り、中央の祭壇、壁に彫られたレリーフなどは、すべて岩塩。働いていた鉱夫たちが作ったものだとか。働く人たちが思いがけない才能を発揮するのは、どの国も同じなんですね。

その後、もうひとつの世界遺産「カルヴァリア・セブジドフスカ」も訪問しました。ポーランドの地名って、どうしてこうも日本人には発音しにくいのでしょうか。まるで、キーボードをでたらめに叩いたような配列です。

ともあれ、ここはキリスト教徒にとっては聖なる巡礼の地。正式名称は「カルヴァリア・ゼブジドフスカ:マニエリスム建築と公園が織りなす景観及び巡礼公園」と言います。エルサレムのゴルゴタの丘に見立てられた丘陵地帯に、たくさんの教会や礼拝堂が点在しています。短時間で回ることはできないので、私たちが見学したのはせいぜいマリア礼拝堂。

そうか、ここは長崎県の教会群のようなものだなと思いました。長崎や五島列島の教会群も世界遺産に登録する活動を行っています。なかなかうまくいかないようですが、ここを参考にすればいいのではないかと思いました。 今夜はワルシャワ泊です。

◆市民が復元したワルシャワ旧市街

世界遺産の街といえば、多くは歴史的な価値をもった街並みが特徴。しかし、ワルシャワは違います。第二次世界大戦よって、徹底的に破壊された旧市街は、昔の絵画や町の破壊を予期して人々が描いたスケッチや写真などをもとに、市民の手によって、レンガのひびに至るまで丹念に修復され、復活しました。世界遺産登録は、ポーランド国民の情熱がユネスコによって高く評価されたことによるのです。

同じ話はドイツのドレスデンでも聞きました。不屈の精神とはこのことですね。長い目で見れば、結局、武器も何もない市民が勝利をおさめたのです。

私たちも旧市街を歩き、ここはショパンの家族が住んでいた家で、あの2階はショパンの部屋だったなどと説明され、その気になっていましたが、考えてみれば、それも寸分違わずに復元した家なのです。でも、違和感はまったくありませんでした。

ワルシャワといえば、ピアノの詩人ショパンを語らずにはいられません。彼は20歳で故国を後にしてからは、二度とポーランドに帰国することはありませんでした。しかし、望郷の思いが強く、彼の死後、その遺言に従い、姉によって心臓のみが持ち帰られ、ワルシャワの聖十字架協会の柱に収められています。ということで、聖十字架協会のショパンの柱の前での撮影はお約束。通りのあちこちにもショパンの曲が流れるベンチがあり、ワジェンキ公園にはショパンの銅像があります。

残念だったのは、記念に何かショパングッズでも買いたいと探したのに、見つけることができなかったこと。ショパン博物館に行けばあったのでしょうけど、街中でも空港でも全く見かけませでした。せっかくショパンの国なんだから、観光グッズにももっとショパンを取り入れたらどうなんだろうと思わずにはいられませんでした。 要は商売っ気がないということ。共産国だった名残りでしょうか。

今回の旅で使ったお金は2万円にもなりません。それはそれでいいのですが、ちょっと拍子抜け。特産品の琥珀で何か気に入ったデザインのものがあればほしかったのですが、それもあまり目につかず。添乗員さんもポーランドツアーで免税申請をする人はあまりいないと言っていましたっけ。あまり買うべきお土産がないということでしょう。

高価なものはいいとして、もっと気軽に外国人が記念としてお土産にできるような、ショパンやキューリー夫人のグッズなどがあってもいいような気がします。ただ、これから観光客が増えれば、そういうアイデアも出てくることでしょう。「売らんかな」でうるさい国よりはましかと思いつつ。

ワルシャワにもう1〜2泊して、ゆっくり広場でお茶を飲んだり、歩いたりしたかったな。「また、来よう!」と思いつつ、機上の人となりました。短くも充実した旅でした。

◆エピローグ<一人旅の流儀

ポーランドでは、中国人の姿はほとんど見かけませんでした。団体は日本人がほとんど。他の旅行社の日本人団体には出会いましたが、冬のためか。まだまだ静かなものでした。

ヨーロッパは今、パリやドイツなどイスラム国のテロの懸念や難民問題で揺れていますが、ポーランドは市民生活が混乱している印象はありません。どこの教会でも、人々が神に真摯に祈っている姿が目につきました。

実際は、大統領機の理由不明な墜落など、いろいろな問題も抱えているようですが、私たち旅行者は何ら特別な心配をすることなく見学ができましたし、穏やか東ヨーロッパの印象でした。今のところ、お勧めの旅行先と言えるでしょう。

私は最近、一人旅にはまっています。とにかく部屋では自由で気兼ねがいらない。とはいえ、人恋しさもなくはなく(それが旅情なのですが)、お互いに気の合う人を見つけて、あるいは大勢で、語り合ったり、まち歩きをしたり、食事をしたりと、新鮮な気分を味わうこともできます。

一人旅のルールはどんなに親しくなっても、基本的には、その旅だけのお付き合いだと割り切ることです。深入りはしません。だから、不必要に連絡先を聴いたりはしないのです(稀に、交換することもありますが)。お互いにその場を楽しむことができればいいという考え方。

しかし、今回は旅が終わってからも、とても気になる人がいました。残念ながら、男性ではありません。43歳の女性で、非正規社員として銀行で働いていると言っていました。お金を貯めて、1年に1度、海外旅行を楽しんでいるということでした。行動も考え方や割り切り方も私と似ていると感じ、よほど連絡先を聞いておこうかと思いましたが、やはり止めました。相手も聞いてきませんでしたし。

短い割には満足感のある旅だったので、記録を残しておきたくなって、こんな旅のレポートを書いてみました。旅の満足感は長さではありませんね。また、いい旅をしたいなと思っています。
人生は旅、旅は人生。

 
 
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