コラム『松本すみこのシニアライフ』 No.20

 

おひとりさまも最期を自宅で

2016年10月30日

 
 

すみだリバーサイドホールで開催された「ひとり暮らしでも、最期まで安心して家で過ごすには」という講演を聞いてきました。

国は在宅介護や在宅での終末期医療を進めていますが、どうやって、それを実現するのだろうと、常々、疑問に思っていたからです。

ただ、現実問題として、団塊など人口の多い世代は、病院や施設に入所することは、今後ますます困難になります。最期を自宅でというのは必然になるでしょう。

さらに、ひとり暮らしは、誰にとっても無縁ではありません。配偶者や兄弟姉妹などの同居者がいたのに、最後まで残ったのは自分だった、あるいは、独立した子供の世話は受けにくいという状況がやってこないとは限りません。

人生は思うようにはいかないのです。「最期まで安心して自宅で過ごす」方法を知っていても損はありません。

この日の講師は、今や“おひとりさま”といえば・・の社会学者・上野千鶴子さん。もう一人は在宅ホスピス医の川越厚さん。NHKのプロフェッショナル仕事の流儀」で紹介されたことがある先生です。

私なりに理解した結論は、がんで余命宣告されたおひとりさまが自宅で最期を迎えるのは楽勝(といういい方もなんですが)ということ。以下、お二人の論旨を紹介しながら説明します。

◆主な講演内容

・慣れ親しんだ自宅で最期を迎えたいというのは、誰もが願うこと。しかし、施設入居の決定者は家族。本人は家族への配慮から施設入居を選ぶことが多い。

・また、現在の日本の家庭では、主婦ですら働いているので、介護ができる人はいない。家族から「これ以上、家族に負担がかかるのはつらい。本当に申し訳ないけど、病院に入ってくれないか」と頼まれるようなこともある。

・家族はしっかり気持ちを聞いてあげること。また、本人も自分の希望や意思を伝えることが大事。

・おひとりさまの場合は、気兼ねする家族はいない。むしろ、自分の希望を取り入れた自宅での最期を選ぶことができる。

・理想は「ほぼ在宅、時々病院」。24時間の巡回訪問、24時間対応の訪問医療、24時間対応の訪問介護があれば可能だ。

・重要なのは、しっかり対応してくれる看護師やヘルパーの存在。医者よりも大事。

・死に方を選ぶことができるなら「がん死」。苦痛を和らげる緩和ケア(心身ともに)が進歩したので、ほとんど苦痛を感じることなく過ごせる。がんなら在宅見取り率はほぼ100%。ただし、地域格差がある。

・ひとりでの死を恐れることはない。多くはひとりで亡くなっている。死の瞬間を家族に囲まれてというほうが珍しい。亡くなって24時間以上経過して発見されない場合を「孤独死」というのであって、発見してくれる看護師やヘルパーがいれば孤独死ではない。

・在宅での終末期医療が可能になったのは、介護保険制度ができたおかげ。ただし、3年に一度の改定で、生活支援や要介護1・2を外すことを計画しているなど、制度がどんどん悪くなる。このままでは在宅での見取りは難しくなるかもしれない。

◆おひとりさまの最後を知る本

上野さんはおひとりさまです。
だから、在宅看取りには大きな関心があり、日本在宅ホスピス協会会長の小笠原文雄先生に質問する形式での『小笠原先生、ひとりで家で死ねますか』や、『おひとりさまの最期』(どちらも朝日新聞出版)といった著書があります。

また、川越先生は『ひとり、家で穏やかに死ぬ方法』(主婦と生活者)を出版しています。

この本に登場するのは、がんを患いながらも、自宅で亡くなったひとり暮らしの人たちです。生活保護を受給していた人、天涯孤独で家族との縁が薄かった人、離れて暮らしていた家族の力を最後に引き出せた人などの、生きさまや覚悟に触れることができます。

◆私の場合

それにしても、緩和ケアはすごいなと思います。実は、私にも経験があるからです。

私の母は乳がんで90歳の人生を終えました。痛みの段階に応じて揃えられた薬、ほとんど毎日来てくれる看護婦さん、週に2回往診してくれた先生のおかげで、余命宣告を受けてから約3か月後、苦しむことなく亡くなりました。

末期がん患者の半数は1か月以内に死亡するそうです。1年を超すことはほとんどないとか。多くの告知された人は、残された時間を別れの準備に使い、できるだけ悔いを残さないようにと、その日を迎えます。だから、告知は大事だということです。

では、認知症を併発していたら、どうなんでしょう。もはや入院しかない、在宅は難しいのではないかと思ったのですが、川越先生の本には、むしろ在宅ケアしかないと書かれています。病院にいつまでもいることはできないし、だからといって、老人施設に末期がん患者が新たに入ることはできないからです。

今後、認知症とがんを併発する人は増えていくはず。この対応は大きな課題です。

自分に立ち返ると、もしも、がんで余命を告知されたら、川越先生の本に出てくる方々のように、苦しみつつも、いさぎよく死を受け入れ、その時を迎えることができるのか。私の場合、今の時点でははなはだ疑問です。

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