コラム『松本すみこのシニアライフ』 No.30

 

「老害」と言ってる人がいずれ「老害」

2017年9月29日

 
 

長老問題はどこにでもある

ある講座で参加者から「老害」という言葉が出ました。

町内会や自治会のトップに長老が君臨していて、少しも自分たちの意見を聞いてくれない。提案をしても「そんなことはいいんだ」と反対し、意見をいえば、「俺に説教するのか、10年早い」と猛反発。そして、いつまでもトップに君臨しようとする。こうした老害をどうしたものか、という意見でした。

その結果、嫌気がさした若い世代が関与しなくなり、活動が停滞して、存続の危機に立たされている自治体や町内会も少なくありません。人口減、少子高齢化という単純図式ではないのです。そして、この問題は全国共通のようです。

しかし、長老にも言い分があります。「今の若いものは(といっても、定年ごすぐの人のことですが)、少しも自分たちの暮らしている地域への関心がない。自分たちはリタイアした後、地域の問題に取り組み、一生懸命活動をしてきた。それを継がせたいが、積極的にかかわろうという人はいない。仕方がないから、自分たちが続けているのだ」。

なるほど、これも一理あります。確かに、地域社会のボランティア活動をしているサークルも高齢化で、活動が鈍っているということも聞きます。つまり、後の世代が入会してこないのです。長老たちに言わせれば、「あいつらは何をしているんだ。社会貢献の意識がなさすぎる」ということのようです。

時代が変化した

それに関して、私はこうお話しすることがあります。

「時代も環境も変わったのです。皆さんは年功序列、終身雇用に守られて働くことができました。60歳の定年後は十分な退職金を手にし、翌日から対象となる年金も受給できました。拍手や花束に送られ、晴れ晴れと会社を後にしたことでしょう。

しかし、その仕組みは団塊世から後は崩れました。団塊世代が50歳になった頃、それまで社員の雇用は絶対的に守ってきた日本の会社が、堂々とリストラを始めました。標的になったのは50代になり、給与が高く、数も多かった団塊の世代です。

したがって、重要な老後資金だったはずの退職金は十分ではありません。次の仕事を探すのに苦労した人もいます。花束もお祝いの言葉もなく、寂しく職場を去った人もいます。無事、リストラ対象とならず、定年を迎えた人も安心はできませんでした。年金が65歳からしかもらえなくなったのです。

そこで、国は高齢者雇用安定法を作り、企業に再雇用を促します。すると、多くの人は将来不安があるので再雇用を選びました。そのため、定年というのはいつなのか、曖昧なままになり、今や、多くの60代は働き続けています。こうした状況では、地域活動への関心や知識を持つ余裕が生まれないのは、ある意味、仕方がないのかもしれません。」

なぜ「老害」と言われるのか

だからと言って、地域社会に関心を持たなくていいというわけではありません。その点は、次の世代も十分に反省すべきでしょう。

ただ、定年後、地域活動に関心を持つ人達もたくさんいます。先の講座で「老害」と批判した人も決して若者でなく、60代のりっぱなシニアです。彼らが長老というのは70代後半から80代の先輩活動家。彼らの間には15歳から20歳くらいの年齢差があります。

つまり、世代間ギャップがあるのです。 世間はシニア世代とひとくくりにするけれど、20歳も年齢が違えば文化も発想も違います。長老は自分たちの経験に基づき、今までのやり方を踏襲して、安定した活動を進めたいと思うかもしれませんが、下の世代にも、長老とは違った経験や知識があります。それを生かしたい。活動の内容も時代にあったものでなければならないと思う。これは当然のことです。

また、会社や組織での上司や部下といった立場を、せっかくそこから逃れたのに、また繰り返したくないという思いもあります。会社のOB会には参加したくないという人が増えているのはその証拠。長老は新参者が自分たちの駒になって動いてくれることを期待しているかしれませんが、そうはいかないのです。

地域活動は組織的な体制はあっても、立場は皆、平等です。その中で意見を自由に表現し、語り合い、合意を持って運営されなければなりません。「俺に説教するのか、10年早い」などという言葉はタブーなのです。「それを言っちゃお終いよ!」の世界なのです。これでは、「老害」と言われても仕方がありません。

「老害」にならない自信はあるか

しかし、長老たちが今まで地域社会に貢献してきたことは事実です。これは十分にリスペクトしなければなりません。一概に「老害」と片付けることにも問題があります。そもそも、彼らも活動を始めた頃には、やはり長老のような人がいて、時には戦い、時には懐柔し、やっと自分たちの思うような活動を作り上げたのかもしれないのです。

長い活動の間には、大変なご苦労もあったことでしょう。そうして苦労して築き上げてきたことを簡単にはほかの人に渡したくない、可能な限り自分がリーダーでいたい、既得権は離したくないと思うようなる。これは自治会や町内会に限らず、企業を含めたあらゆる組織に共通することです。

そして、歴史は繰り返します。いずれ今の長老はいなくなり、自分たちの時代になったときに、若い世代から「老害」と批判されない自信はあるでしょうか。若い人たちの意見に耳を傾ける真摯な気持ちを持てるでしょうか。次の世代を育て、後進に譲ることができるでしょうか。そうした自戒をもって活動できるかどうかです。

町内会や自治会を管轄する自治体の役割は重要です。長老の意見は尊重しつつも、実権は次の世代に託すという英断が必要となります。担い手がいないからと、長老の意見に引きずられている感じが見え見えの自治体も少なくはありません。

そもそも近い世代同志には対立が生じやすいのです。80代の長老もなぜか20代の若者のいうことには素直に関心を示したりします。そういう特徴をつかんで、うまく運営する力量がほしいと思うのは、私だけでしょうか。

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